人新世のパンツ論〈花鳥風月編〉
優雅な時を過ごしたいものである。
とはいえ、思い返せば今年の夏も暑かった。激しい熱波に襲われ、体が焼け縮むような酷暑日が多かった。
当然、夏は汗をよくかく。
パンツの中はひどいものである。お尻は、上半身からしたたり落ちる汗の密集地帯となり、お尻だけでもびっちりと汗をかく。
夏のあいだの希望としては、汗でお尻が蒸れることを避けたいし、通気性の優れたパンツを穿いていたい。できるだけ面積が小さくて、薄いものを――。
お気に入りのショーツ
そこで私はどういうわけだか、超安価な390円のショーツを見つけてきて、試しに穿いてみたのだった。
これがまた、ちっちゃくて薄くて、いい。
すぐに気に入ってしまったのである。涼しいし、動きやすく、ぴっちり感のある穿き心地がたまらなく気持ちよかったのだ。
で結局、夏のあいだはそのショーツを穿くことが多かった。
汗をかいた後にシャワーを浴びる。そしてショーツを穿く。どう足掻いたって390円の価値しかないのだが、なぜかしっくりとくる。身の丈に合っているということか。
夏はビールだ、かき氷だ。貧しくともたまには優雅な気分にひたり、風呂上がりにビールを飲むこと。そのあと、窓辺で夜風にあたり、ひりひりとする体を癒やす。そうしている時、このショーツは最適化したアイテムとなっているのであった。
うとうとして、夢を見る――。
太平洋の海の見える町。
白いハイビスカス柄のアロハシャツを着て、ベージュ色の短パン姿。肌はすっかり日焼けしている。
淡いグリーンの帽子をかぶっている私は、朝ドラ『風、薫る』の主題歌「風と町」(Mrs.GREEN APPLE)を口ずさみながら自転車を走らせ、草原の坂をくだっていった。
ひどく熱い風が、額に当たる。首の下からもぐりこんだ熱風が、シャツの中をかけ抜けて、いくぶんか体を冷ましてくれてもいる。そうして流れる汗の冷たさが、体をさらに冷ますのだった。なんと爽快な気分だろう。
駅前の書店にたどり着いて、最新号の『小説すばる』を買う。店の外で、ボトルタイプのスタバのコーヒーを一気飲みする。
夢はそこで終わってしまった――。
そんな真夏に最適な、軽くて涼しいパンツを願う。さらに気の利いた、軽くて涼しくて圧迫感のないパンツがあるのだ。
シームレスという親密さ
ストレートに、あるがままの布切れ――。
そんなイメージのあるパンツは、シームレス(Seamless)。
「縫い目がない」ということ。一途な美しさのあるアンダーウェア。
私が好んで穿いているシームレスのパンツは、とにかく薄いので、確実にシースルーなのである。そうであっても、チラ見されない環境であるならば、これ以上の開放感を味わえるパンツはない。シームレスでシースルー。合言葉としても覚えておきたい。
穿き心地は、何も身につけていないかのよう。
“裸の大将”――ではなくて、アンデルセン童話の『裸の王様』に出てくる王様になった気分。でもそれは、いいことなのか?
城下にやってきた二人の仕立て屋が、ファッショナブルな賢い王様のために、少々値が張るが“愚か者には見えない新しい服”をこしらえてみせようとする。さっそく噂を聞いた大臣や家来たちが、服を作る作業場におもむき、“実物”を拝見する。愚か者ではない(?)大臣や家来たちはそれを見て、「これは見事な服だ」と褒め、王様に報告する。
王様はパレードでそれを着て大通りを行進する。愚か者ではない(?)群衆は、王様にぴったりな「見事な服」に歓喜する。
ところが、沿道にいた幼い子どもが王様を指さし、「なんにも着てないよ!」と叫ぶ。
たとえ私が穿いているシームレスのパンツを見ても、「なんにも穿いてないよ!」とはいわないでほしい。ほら、ちゃんと穿いてるでしょ。
丸見えなのは王様の服と同じだが、穿いていることは穿いている。でも賢い人たち(?)は、それを丸見えだ、とは絶対にいわない。面白い話である。
前に紹介したザミラの赤パンは、柔らかな肌触りの腰巻きを巻いているかのようで、構造的にはかなりシームレスに近かった。
さらにもっと、究極のシームレスはこれ、だといいたい。つまり、シームレスはいいと思うのだ。夏のあいだは、抜群の軽やかさを誇る。あの王様のように――。
夏が終わって。
関東では、記録的な激しい大雨を伴い、秋の季節を出迎えた。せめて静かな秋を迎えたい。
そろそろ、我が“パンツ論”も、あと一回きりで終わりなのである。