⑭フルブッシュの復権?

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人新世のパンツ論〈花鳥風月編〉

ジェントルマンでいたいなら、パンツに学べ

 

Billieがこんな可愛いビキニを販売

堂々と“ハミ毛”を披露しているビジュアル広告なのだ

 
 昨年夏の[Women’s Health]の記事(記者はLauren Brown)で、驚くべきトレンドのトピックを知った(2025年8月24日付「アンダーヘアの最新トレンドはふさふさ『フルブッシュ』の復活?」)。
 
 それは、フルブッシュ(“full bush”)の復権――。
 
 フルブッシュとは、ピュービックヘア(陰毛/アンダーヘア)を剃ったりせず、自然のままに生やした状態のこと。ファッション業界で、あえてピュービックヘアの存在を隠さず露出させたスタイルがトレンドとなったのだ。
 
 私が最初に知ったのは、アメリカのボディケア・ブランドの「Billie」が、ロサンゼルスのジュエリー・ブランド「Ian Charms」と提携し、“fuzzy”や“bushkini”というビキニを販売したというトピック。
 それは、女性のありのままの状態の体毛を肯定し、ピュービックヘアも隠さず露出させた水着商品のビジュアルであり、広告のモデルたちはいわゆる“ハミ毛”を堂々とさらしているのだ。これまでの常識を覆すビキニ広告である。
 

愛しさが惑うフルブッシュ

 

こんなフルブッシュを強調させたミュージックアルバムもある

 
 遡れば古代より、女性のおしゃれとボディケアの最大の要諦は、髪や体毛を切ったり剃ったりして整えることだった。
 時代や国によって、整える様態の違いはある。ピュービックヘアは剃るが、脇毛は残しているとか、その逆もあり、両方もあり、千差万別ではある。いずれにしても毛を切ったり剃ったりして整えることが、美の基本方針であり常識だったはずだ。
 
 とくに昨今の、ボディケアの最大級の常套手段である“全身脱毛”ブームは、女性のみならず男性も大いに波に乗った形で展開している。従来保守的で整形美容を嫌悪していた日本人でさえ、今では、若者たちの身だしなみと清潔感のブラッシュアップ志向に牽引され、男女問わずして幅広い年齢層で“全身脱毛”がトレンドとなり、常識化している。
 
 それをちゃぶ台返しのごとき覆したのが、フルブッシュ志向である。
 

VOGUE JAPANが伝える陰毛トレンドのトピック

 
 2025年2月27日付の[VOGUE JAPAN]のトピックは、「“隠す”常識を超え、“見せる美”へ。陰毛トレンドの逆転現象」。
 
 ピュービックヘアを隠さず、自然な状態のまま見せる――。SNSなどで“ブッシュ・リバイバル”のワードが飛び交い、過剰とも思われた“全身脱毛”ブームに逆らって大人の身体的個性を再評価し、アンチという自己表現の自由度をアピールした、いわゆる守旧派のうねりを伝えているのである。
 

フルブッシュは本当に復権するのか? 

 “ハミ毛”あるいはフルブッシュをさらす女性を受容し、ビキニのビジュアル広告で“fuzzy”とか“bushkini”と名付けてあるのは、ビキニそのものだけではなく、「露出した陰毛」を含めたファッションを指すのだろうか。
 こうした「Billie」におけるフルブッシュ志向のトレンドは、巨視的に見てそれを《啓蒙》と呼べるほど、本当の意味での「復権」なのだろうか。
 
 先述の[Women’s Health]の記事は、フルブッシュ復権を擁護し、脱毛・除毛のリスクと、それをやめることが安心安全につながると訴える。
 
 “全身脱毛”をする最大の理由は、「清潔感」と「見た目の美しさ」を保つことにある。とくにVラインを整えることで、清爽感が増し、もともとピュービックヘアの存在によって雑然としていた印象を払拭することができる。端的にそれは、「見た目の美しさ」を引き出していることになる。
 しかし、性器の周囲に繁茂するピュービックヘアは、こすれて生じる摩擦の緩衝材になったり、体温調節の補助、細菌に対する遮蔽効果といった生物学的目的を果たしているのだという。
 
 ペンシルバニア大の臨床産婦人科の医学博士ホリー・カミングス(Holly Cummings)氏は、ピュービックヘアは膣に細菌が侵入するのを防ぎ、フェロモンを生成・拡散させていることで、性的魅力の役割を果たしているとする。医学的にピュービックヘアは、ありのままがいいのだと。
 
 その記事によると、一部の女性は、男性の視線に合わせた生活にうんざりし、デリケートゾーンに過剰な神経を注ぐのをやめ、自分の本来の体を取り戻すことに目覚めたという。体毛はそのままがいいと――。
 
 こうしたフルブッシュ志向は、これまで体毛の存在を打ち消し、それを除去することに全力を尽くしてきた女性たちの涙ぐましい努力のストレスを、全く解消させることに目覚めさせ、精神的なリフレッシュを喚起させる。ビジネスとしても体毛肯定運動を推し進め、その一つの具体的な提示が、おしゃれな水着を着るのにピュービックヘアは剃らなくていい――という「復権」を示唆するメッセージの発信だったのである。
 

トレンドは男性でも起こりうる?

 男性が女性のフルブッシュ志向を支持するかどうかは、個別の嗜好の問題である。観念としてではなく、実体としてのフルブッシュを愛おしく思えるかどうか――。
 その人のピュービックヘアの除去云々の問題は、その人個人に委ねられているのであって、他人がそれをどうこう否定したりすることはそもそもできない。できないけれど、男性が女性のピュービックヘアの有り無しをどう思うかという嗜好は、確かにある。
 
 だがもう一つの問題は、男性そのものにフルブッシュ志向があるかないか、だ。
 いや、あるに決まっている。
 

フルブッシュにも2系統ある

 ここで恐れ多くも、再び私自身のフルブッシュ時代の画像を直視していただきたい(私個人のピュービックヘアの話は「⑥パンツとヘアの関係」参照)。
 

私も当然昔はフルブッシュだった

 
 直視していただいてお礼を申し上げる。
 この画像は“完全なる”フルブッシュ状態の下腹部である。何も手入れをしていない、自然に生えたままのフルブッシュである。
 
 もう一つは、同じフルブッシュでも、手入れをして整えたフルブッシュの画像がこれ。
 

カッティングを施したフルブッシュ

 
 鼠径部のあたりをわずかに除去した状態のフルブッシュなのである。
 フルブッシュを放置した場合と手入れをした場合とでも、見た目は大きく変わるのだ、ということを述べたかった。フルブッシュにも2系統あるのである。
 
 もともと日本人男性は、男性が化粧をしたり、ボディケアをしたりするのは女々しいとか、男らしくないといった偏見があり、男がそれを施すのは非常識――とされていた。
 ところが男性だって、全身が綺麗なほうがいい、身だしなみはとても大事だ、清潔感をブラッシュアップしたほうが好感度が上がる、などといったここ数十年のメンズ・スキンケア商品における企業広告のメッセージが功を奏し、女性の“全身脱毛”志向にあやかったという話は、先に述べた。
 
 そうしたトレンドをひっくり返し、男性もフルブッシュ志向にあやかり、ありのままの裸の姿に戻ろう――という偏西風的な気運は、今のところあまり感じられない。しかし、可能性はある。
 ただし男性の場合は、ピュービックヘアを整えたりするような先進的な思考自体が、まだまだ少数派だったりするので、このトレンドの問題はナンセンスなのかもしれない。
 

男性の生やしを分類化する

 カリスマ美容師・宮永えいと著『大人男子の「超」清潔感ハック』(KADOKAWA)の「案外みんなやっている『アンダーヘアの処理』」という項によると、ある脱毛系クリニックの調査では、20代から40代の男性の3人に1人が、アンダーヘア(陰毛/ピュービックヘア)の処理をしているとのこと。
 
 男性の場合、3つのタイプに分けることができる。
 

  1. ボーボー男子…ケアなし。ナチュラルに生やしたまま
  2. デザイン男子…完全に剃り落としているわけではないが、ある程度処理して整えている人。全部なくすのは抵抗がある人
  3. ハイジ男子…脱毛してアンダーヘア無しにしている人、かゆみやムレなどといった別の理由でそうしている場合もある

 
 かつてボーボー男子だった人が、ケア志向にめざめた例を挙げておく。
 

済東鉄腸さんの男性性のめざめ

 ご出身の千葉県市川市にあるショッピングモール「ニッケコルトンプラザ」をこよなく愛する映画ライターの済東鉄腸さんの著書『クソッタレな俺をマシにするための生活革命』(左右社)は、脱ひきこもり生活をかかげ、自身の男性性観念のアップデートを試みた、いわば旧態依然の男性性である“ケアレスマン”からの脱却を爽快に論述した本である。
 
 済東さんはクィア理論に強く関心を抱き、その結果相対的にまず、自分は男性でヘテロで、シスジェンダーであることを自認し、とくに日本人のトランス差別がネット上で広がっていることを強く考え始めたという。
 
 ヘテロでシスジェンダーの強い象徴が、ボーボー男子であるということ。ケアを何らしないことで、自身が女性ではなく男性であることに確信を持てる――という思考そのものが古く、それをアップデートする一巡のきっかけが、なんとピュービックヘアを剃ることだった。済東さんにとってそれは、初めての疑似トランス経験だったのだ。
 
 ボーボーのピュービックヘアは、たとえ完璧に剃っても、またすぐボーボーになる。しかし、それでも繰り返し剃ることをやめない。そうすれば、男性性の根本的な在り方にたどり着けるのではないか、という思考。
 ボーボー男子だった人が、古い男性性特有の“ケアレスマン”から脱却し、デザイン男子もしくはハイジ男子に転向する(=プライベートゾーンをケアする)流れが、この本の主題とリンクする。
 

ボーボーという疎ましいものを受け入れられるか

 もしここから、今度はもとのボーボー男子(=フルブッシュ)に戻る傾向がトレンドとして起こりうるのであれば、それはそれで、私個人は受け入れてもいい。
 
 だが所詮、女性のビキニの販促戦略のようにはいかないのではないか。
 
 雑誌『an・an』(マガジンハウス)でビジュアル誌面を飾るアイドルたちの脇毛が無かったり薄かったりする。今のところまだそれが、『an・an』としての基本規定なのである。絶対に、乳首に毛が生えたアイドルの上半身が表紙を飾ることはない。
 
 今においても、メンズの商品広告で、ボクサータイプのパンツの端っこからピュービックヘアがはみ出てる“ハミ毛”程度なら、許容範囲だ。だが見た目以上に、男性の下腹部から臀部においてのフルブッシュの実態は過酷だ。ピュービックヘアの量は女性の比ではなく、いたるところに繁茂している。
 なんといってもボーボー男子で問題なのが、前よりも後ろだ。
 臀部はともかくとして、会陰(蟻の門渡り)に生えた毛は、それこそ鬱陶しいもので、排泄物が毛に付着し、パンツを汚すリスクを伴う。不潔さという点で見た目以上に厳しい。男性のフルブッシュ志向は、その不潔さに耐えられるのなら――という条件がつく。それこそ純度100%の天然体だ。
 
 私はそれに耐えられなかった。だから、ハイジ志向なのである。
 ハイジは、アフターケアがとても楽。既にヘアは1ミリも伸びていないので、剃るのが簡単で所要時間も短くて済む。
 ピュービックヘアを短くカットして整えるというデザイン男子志向も大いに結構。そのまま続けたほうがいい。ハイジやデザイン、どちらにしてもそのほうが、見た目も実際の清潔感がボーボー男子よりも優っていると考えている。
 
 本来的に見た目の問題ではないはずの、衛生面における清潔感の諸問題が、フルブッシュというワードで全て吹っ飛び、見た目ありき、しかも再び不潔な身体に戻っていくというのは、なんとも愚かしい話だと私は思う。いくらそれが自然だからといって、私は受け入れられない。
 あちらこちらに自分の陰毛を落としていく生活には戻りたくないのだ。商品価値を高めるための、販促戦略的な一時の流行に惑わされず、個人の考えを持つことが大事である。

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