人新世のパンツ論〈花鳥風月編〉
私自身のことだけれど、子どもの頃は何かしら、身体的なレッテルを貼られたものだった。
- 長身
- 痩せすぎ
- ガリガリ
- ヒョロヒョロしている
- 弱そう
小学校内で「健康優良児」を奨励する過度な気風は、さすがに80年代の中頃以降においてはなかったと思われる。が、「健康優良児」なる概念は厳然と存在し、年齢ごとの平均体型(身長と体重)から外れている子どもは、やはりそれなりに否応なく劣性のレッテルを貼られていたことに変わりない。
そのことでの問題点は、劣性のレッテルを貼られ続けたために、あいつは「運動が不得意」という“運動性能不適切説”まで付け加えられ、私自身もそうなのだろう――と納得してしまったことである。
およそその後の生活の中で、「運動が不得意」といえるほど不得意でもなかったということが発覚し、運動性能が著しく悪かったわけでもない。剣道はやっていた。その他のスポーツをやらなかっただけのことである。その点において、少年時代の多くをムダにしてしまったことを悔いたのだった。
いいですか、みなさん。他人に貼られたレッテルを、自分が信用してはいけませんよ。
「健康優良児」への憧れ
それにしても、「健康優良児」ということばはあまりにも残酷な、子どもたちの心理的な分断に拍車をかけ続けてきたことは否めない。
参考のため、ウィキペディアから引用する。
《健康優良児とは、身長と体重が平均以上で、学習成績と運動能力共に優れ、性格明朗な少年として、朝日新聞社・文部省・都道府県教育委員会が合同で表彰した者である。
上記条件を満たす小学校6年生の男女1名を各学校が推薦し、陸上競技場で徒競走などの運動能力をテストし、意志の健康診断と教師の面接を経て選定した》
一応、岩波の『広辞苑』(第七版)でも「健康」をひいてみた。
《身体に悪いところがなく心身がすこやかなこと。達者。丈夫。壮健。また、病気の有無に関する、体の状態》
心身ともに「健康」である状態が保たれ、並外れてそれが優れている児童を選抜し、表彰するという趣旨。それがいわば、「健康優良児」の奨励大会――だった。
戦前より、徴兵に係る兵隊の身体的戦意高揚が目的であった。「健康優良児」という概念は、健康で優良であれば、お国のために立派に働ける、志願できるという希望を植え付けるのに効果的だったのだ。
狙いは功を奏した――。が、いかんせん、「健康な体」という資本だけで戦争を乗り切ることはとうてい不可能だった。
なお、戦後においては、児童の「食料事情の改善指標」という目的にすり替わったようである。
「健康優良児」の少年少女
私は戦中の「健康優良児」発意の実態を知る資料を発見した。
以前、フンドシに関して調べていたことがあった。その時参考にした本の中で、写真を見つけたのである(井上章一著『ふんどしニッポン 下着をめぐる魂の風俗史』朝日新書)。
『アサヒグラフ』1930年5月14日号(朝日新聞社)に、第1回の「健康優良児」の発表が掲載された云々が記されてあった。
本の写真だけではよくわからないので、実物の『アサヒグラフ』を入手した。
小学6年生の男の子と女の子の写真である。
これをさらに、AdobeのAIを駆使し、モノクロをカラーに換えてみた。
《本社主催「日本一健康兒探し」は去る二月十一日の紀元節当日、此の素晴らしい計画を発表し、全国四万の小学校に向って健康兒調査カードを発送、それぞれ各地方長官の厳正な試練を経て先づ各地方代表男女各三名づつを選出し、本社中央審査会に報告された。本社中央審査会では四月十七日に総会を開き、精密な科学的審査を重ね、ここに全日本代表健康兒男女十五名づつが選出されたのであるが、更に四月二十五日の最後の審査会に於て詮考審査され遂に選び出された此の栄誉ある二人は尚武の記念日たる五月五日の端午の節句に本社樓上に開催された表彰式に於て日本一の健康兒として正式に表彰された》
男の子はパンツを穿いていた
「選ばれた日本一 優良健康兒童」。“身長身幅計度盤”なるものの前で、二人が佇立している。
よく見れば、女の子のほうが体がふっくらしていて、男の子はやや筋肉質で引き締まっている。選ばれて日本一になったことの優越感はない。おそろしく緊張感が漂っている。
そこにひょっこりと、小学6年生時の自分の身体写真を貼りつけて、“比較検証”してみたいものだが、愚劣な行為というほかはない。体格差は歴然とするに違いないのだから。なにをどうすればそのようなたくましい体になれるのか。写真のお二人に、敬意を評したいくらいである。
ところで、『ふんどしニッポン』の著者である井上氏は、この第1回「健康優良児」発表の写真を見て、何を述べようとしていたか。
つまりそれは、下着についてであった。
女子はズロースで、男子の下着はフンドシではなく、「パンツだった」ということ。
この頃、下着としてのフンドシは、既に時代遅れで廃れていた――ようである。
パンツ姿のかっこよさ
私たちはこれまで多くの写真の中で、「フンドシ姿の日本人」を見てきたように思われる。が、そのほとんどは下着として身に付けていたわけではない。私たちはあまりそのことに気づいていなかった。
あくまで水着として、もしくは仕事着として――のフンドシであった。それ以外では、特別な行事の儀式や祭事などで私たちはそれを見てきたのだ。
つまりフンドシスタイルは、なにかかこつけた時に身につける、「日本男児」変身のためのアイテムだったのであり、下着と水着もしくは仕事着が日常的に一緒くただった時代は、さらに遡らなければならないのだ。
当然、「健康優良児」なるものの勇姿は、フンドシではなくパンツが必然であった。それにしても、さすがに「健康優良児」日本一の男女であって、パンツ姿がいやにかっこいいのである。
このかっこよさは、どこかで見た――。そう、カルバン・クラインだ。
目下それは、1982年のブルース・ウェーバーが撮影した、センセーショナルなカルバン・クラインの下着広告に違いない。「健康優良児」のパンツ姿は、それに匹敵し、全国にそのかっこよさを知らしめた“下着広告”でもあったのだ。
“優良健康兒童”が穿いているパンツは清潔であり、真っ白である。下腹部から鼠径部にわたって覆った木綿のトランクスが、実に輝いているではないか。
下着=フンドシ時代の子どもとは全く違う、軽装的な、新しい日本人の象徴とまでいっていいのではないだろうか。
ウォーホルのブリロのパンツ
これまで紹介した『アサヒグラフ』の「健康優良児」の写真が、私にとってはさらに大きな意味を持って、はっきりとした指針を示しているようにも思われた。
どういうことか?
つまり、誰しもずっと健康でありたいと願っている。「健康優良児」は、そのスポットを浴びた子どもたちの姿にすぎない。大人である私たちも、常日頃から、そうであることを望んでいる。
いいかえると、「健康な体であり続け、なおかつ健康的な明るいパンツを穿いていたい」という願望である。
かつて、少年時代の私は、身長と体重が「平均よりも下」で、学習成績も運動能力もよろしくなく劣性であった。それに加えて、性格明朗ともいえない少年だった。謙遜していると思われるかもしれないが、だいたいのところ、私の少年時代はコンプレックスの塊だったのだ。
すなわち、その頃は、“優良健康兒童”としてのパンツを、威勢よく穿くことは、不可能だったのである。
ブリロのパンツを穿こう
では今日――あるいはこれからの日々はどう過ごせばいいのか。大人としての自分のふるまいはどうなのか。
大人になり、自らのパンツを「調子を上げるパンツ」として鼓舞し、健康で明るく元気な生活を固持していくには、パンツにおいて一種のおまじない、祭り事が必要である。
では具体的に、どんなパンツを穿けばいいのか。
ここに、カルバン・クライン(Calvin Klein)とアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)がコラボした「ブリロ(Brillo)のパンツ」がある。これを穿く以外にないのだ。こんな斬新でおしゃれなパンツが、他にあるだろうか。
ウォーホルのブリロとは、「ブリロの箱」(Brillo Soap Pads Box)のこと。
1964年の作品で、もともとブリロという洗剤パッドの商品の“輸送用段ボール箱”があって、それを模してベニア板で制作したのがウォーホル。死後も作品はいくつか作られ、現在それらの作品が、鳥取県立美術館(倉吉市)で展示されている(「ウォーホルの『ブリロの箱』」参照)。
そうしてその「ブリロの箱」を、おちゃらけてパンツにしてしまったアイテム商品を、いま私は穿いている。現代アートのウォーホルであり、カルバン・クラインでもある。
これぞまさしく、「健康優良児」の気骨といえる。心身ともに健やかでなければ絶対に穿こうとは思わないパンツであり、たぶん一生に一度の“フェスティバル”である。
このように、「ブリロの箱」のパンツを穿いた、「ブリロの箱パンツ姿」も、歴然と「私の作品」となってしまっていることに驚きを隠せない。実に感慨深いことだ。
劣性であった頃の私は、微塵も感じられないではないか。
だからみなさんも、ぜひいろいろなパンツを穿いて、「健康優良児」をめざそう。