人新世のパンツ論〈花鳥風月編〉
1983年、ジョン・バダム監督のアメリカ映画『ウォー・ゲーム』で、米ソの核戦争(?)を引き起こしてしまったコンピューター・マニアの高校生(マシュー・ブロデリック)は、自宅に招いたガールフレンド(アリー・シーディ)に自分の下着を見られまいと、可愛らしく必死になって隠したのだけれど、その時の下着はぼんやりと映ってはっきりしないが、たぶん白のブリーフだった。
1985年のロバート・ゼメキス監督の映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、主人公の青年マーティ(マイケル・J・フォックス)がタイムマシン(デロリアン)で1955年にタイムスリップし、若き母親に自身のパンツ姿を見られてしまう。その時穿いていたのは、カルバン・クラインの紫色のボクサータイプのブリーフだった。でも若き母親は「アナタはカルバンね」といって、パンツに記された“青年の名前”と勘違いされてしまう。
もう一つ、ロブ・ライナー監督の映画『スタンド・バイ・ミー』(1986年)では、森の中で少年たちが深い水溜りにはまってしまい、何匹ものヒルが体中にひっつき、服を脱いでパンツ姿になるシーンがある。その時彼らはみな、白のブリーフを穿いていた。ちなみにこの時代は、1959年ということになっている。
いずれの映画も、1980年代において闊達な若い男の子の男性性を忠実に描くため、白のブリーフが象徴として用いられていることに、私はブリーフというパンツの全盛時代を想像せざるを得なかった。それはあまりにも永く続いた、強大な権威であり、親と子の信条であり、またしても避けられぬ通過儀礼でもあった。
これらのことに反駁する形で、私はジョックストラップという最良と思われる「調子を上げるパンツ」と出合い、遠い過去の「白のブリーフ時代」を相対的に回顧することとなった――。
これが最後のブリーフ?
今年のいつだったか、懐かしいレナウンのブリーフ(昭和期と思われるデッドストック!)が手に入った。いわずもがな、それを穿いてみたのだった。
以前、レナウンのスキャンティだとかトランクスを穿いたことがあったが、ブリーフは初めてだった。
この「人新世のパンツ論」の全シリーズにおいては、それはもう様々なメーカーのブリーフをお試しで穿いてきた。そのことも思い出す。とりわけ、レナウンは善きメーカーである。私にとってレナウンは、“イエイエ”なのだ。
昭和42年(1967年)のそのコマーシャルでは、小林亜星さん作曲の軽快でポップなミュージックをバックに、組み合わせニットを着た女性たちが次々とその色合いを変化させ、あっと驚く映像美に魅了された。“イエイエ”はコーディネート・ファッションの先駆けであり、規定外のファッションを流行させた定番ブランドだったのだ。
私の子どもの頃は、まさにブリーフ一辺倒だった。下着のパンツといえばブリーフ。ブリーフといえば誰もが穿いている下着のパンツ――。
私が生まれて初めて穿いたパンツがオムツだったとしても、それ以降の学生時代、厳密にいうと高校生になってからも白のブリーフを穿き続けていた。自分にとって旺盛な“ブリーフ一辺倒時代”が永く続いた。
しかし、思春期の心理は複雑である。くだらない妨げであったかもしれないが、〈ブリーフはかっこ悪いパンツ〉という若者の同調意識の中で、それをいよいよ避けたい心理が芽生えた。親から買い与えられた下着から脱却する絶好の機会でもあった。
私はトランクスを穿くようになった。なんだかオトナになった気分だった。自分の意志でパンツを選んだこと。それはとても爽快で有意義なことだった。
パンツで逆巻くファイナル
世界にはいろいろなパンツがある
約3年にわたるこの「人新世のパンツ論」を通じて、世の中にはいろいろなパンツの種類があることを知った。
パンツは本来的には《男性部》を保護するためのアンダーウェアだが、中には《男性部》の存在感を顕著に示し、それをむき出しにするセクシー路線のパンツもあった。
以前、メンズのアンダーウェアとしては最も小さいパンツ=「限界パンツ」を求め、おそらく世界で最も小さいパンツではないか――と思うパンツを穿くことができた。
だが、ごく最近、それよりも遥かに小さい「限界パンツ」を発見してしまい、付記としてその前シリーズ「人新世のパンツ論⑫―ゆとれぬパンツの危険な冒険」にそれを加えておいた。
ほとんどそれは、《男性部》が顕著に見えてしまうパンツであった。誰もが拒むであろうが、それにもかかわらず、そのようにして私は大体のところ、巧みな造形のパンツを網羅し、実録として果敢に亜種も穿いてきたつもりである。
あくまでメンズに絞り、その中からこれは、と思うパンツと出合い、自分の中から湧き上がってくる〈いまこういうパンツを穿きたい〉という心情を与し、広い視野から具体的に適切なパンツを選び出すことを私は学んだ。
実をいうとパンツは、他人にチラ見されてしまうことを幾分か考慮しなければならないのだ。
それを逆手に取ってファッショナブルな、あるいはセクシーな感覚で穿く楽しみを増幅させる、コミュニケーションの一滴にもなるのだが、押しつけがましく嫌味のあるファッションは、公衆における性的ハラスメントともなりうる面があるので、細心の注意を払うべきである。
しかしながら、パンツのコミュニケーションにおける羞恥心の兼ね合いは、人間由来のプライベートの領域とそれを遮断してタブー視する社会環境とも相まって、ふれあいを求める寂しさの表れなのかもしれなかった。そのことを考えると、パンツとはなんと愛おしい存在なのだろうとも思うのだ。
カルバン・クラインの最高のパンツ
〈花鳥風月編〉では、「調子を上げるパンツ」をテーマに掲げてきた。究極のそれは、《男性部》の存在を確実に誇示し、キュートでむっちりとしたお尻をほとんど全てさらけ出す構造のジョックストラップであることも語ってきた。
私が憧れたカルバン・クラインのジョックストラップを、ここに開示する。
ジョックストラップはそもそも裸身をさらし、セクシーさを誇示するためのアイテムではなかった。動体としてのヒトの、下半身が無理なく俊敏に動く機構を阻害しないためのアンダーウェアであった。
そのため、《男性部》はしっかりと守る。それでいて鼠径部から大腿部の激しい可変が抵抗なくおこなえるには、なるべく覆うものがないほうがよく、その結果、《男性部》を覆うフロントをバンドで固定するだけのアンダーウェア――という形に到達した。
それがジョックストラップの本義であり、同時に、美的感覚をもくすぐった。思いがけず大胆に下半身をさらす様態となり、臀部は垂直に上昇して強調され、セクシーな肉体美の補完器具ともなった。
ジョックストラップのムダのない構造が、自らの《男性部》の存在感を否が応でも仔細にヴィヴィッドに反映させることになるのなら、私はこれをもって“調子を上げる”好材料と考えた。
男性ならば誰でもわかるだろう。真夜中あるいは朝方に、自分の《男性部》がそそり勃っていれば安堵する。今日も一日健康で過ごすことができると考える。
だが逆に、ちょっと疲れていたり、体調が悪ければ、その反応は乏しいものとなり、心身ともに萎んだ一日を過ごすことになる。毎日のこの差はとてつもなく大きいはずだ。
これからもパンツと対話を続けよう
パンツの一つの目的は、《男性部》を保護すること。清潔を保持すること。さらにもう一つ目的は、性器を見えざる不在感に定着させること。いわゆる「社会の窓」は閉じられた一室であること。
そしてもう一つの目的は、生理と生殖をコントロールする自我と向き合うための、多感な聖域であること。
自我にとっては不在でもなく、「社会の窓」でもない。常に一心同体の友であり、恋人であり、それは生きているかぎりずっと継続される「懇意の対話」なのである。
対話という面においては、日頃から《男性部》を適度に刺激し、それをうながすような形態のパンツを穿くことによって、美と性の健康体を維持することができる。その究極の形態とは、まさにジョックストラップなのである。
パンツは世界を動かしてきた
私の「人新世のパンツ論」はもうこれで終わりである。締めのことばはない。
かつて日本人の男性は、フンドシを身に着けた。猿股を穿いた。そしてブリーフ(西洋猿股)を穿いてきた。
同じ人間が、社会活動の劇的な変化によって、下着を転換してきたのだ。しかしいかなる場合でも、パンツは男性の過敏で繊細な聖域に柔らかく、優しい肌触りの布があてがわれてきた。
未来のパンツも、それに変わりないだろう。それとて社会活動の趣旨は大きく変わる。コンピューターのAIがより進化し、何がどう変わっていくのか予測がつかない。
変われば下着も変わるに違いない。異常気象の温暖化で、真夏は酷暑となり、より小さく軽微なパンツが求められるだろう。冬はそれに相対して極寒となり、より暖かな生地の加工が施されるはずだ。
パンツから経済の動向が判明し、好まれるパンツから社会活動の矛先が予測できる。
しかし、所詮パンツはパンツであり、生理と生殖から乖離することはできない。ヒトがパンツを作り出すが、パンツがヒトを作り出してもいるのだ。
“世の中のパンツがヒトを、生んでいるのである”。
この新しい発見が、私の「人新世のパンツ論」の結論とも思える。古き友の彼は、いまアナタに向かって何をほくそ笑んでいるのだろうか。