Premarital sex
前回に引き続き、『婦人公論』(中央公論社・現中央公論新社)1969年7月号の特集「適齢男性」をご紹介する。
今回は、『美談の出発』で芥川賞を受賞(1962年)した作家、川村晃氏の「男性の婚前性体験とは何か」。
ひょっとすると女性は、カレシ(婚約者)の過去の性体験よりも、そのカレの女性関係がどうであったかが気になるところではないだろうか。ところが実際、男性は呑気なものである。
昭和期において、男女の婚前性体験(婚前性交渉)は、その意味合いがまるで違っていた。
男性にとってのそれは、一人前として認められるための、いわば“第一の関門”であるという考え方に大きな違いはないが、今は昔ほどではない。
しかし昭和期の青年たちにとっては、“第一の関門”を超えることができるかどうかは大問題であり、またそれを超えれば「勲章」なのであった。しかも女性に対して理不尽に、最初の女は「処女でなければならぬ」と厳しく選別した。
ここでは、あくまで昭和期の話である。
男性側は、自身の青年期における「童貞を捨てられるか否か」の具体的課題を、ぼんやりと見過ごしていられるだけの精神的猶予もなく、その体験をもってして、確実なる自己肯定感を満たす、試練の結果の「勲章」としていた。
こうした青年期に苛む経過をたどったエッセイが、川村氏の「男性の婚前性体験とは何か」なのであった。
川村晃の婚前性体験譚
川村氏は記事の中でまず、自身の童貞喪失話を披露している。
敗戦当時17歳で、成人になるまで食糧難であった。ひもじい暮らしの日々で、栄養面においては「飢餓的状態」であったにもかかわらず、さすがにまだまだ若かった。自身の性欲だけはすこぶる旺盛。勃起力は盛りそのものであったという。
ただし、その頃まだ、童貞を捨てることができなかった。
住んでいた近くに米軍の兵器補給廠があり、米兵とパンパン(※主に進駐軍兵士相手の街娼・売春婦)の交じり合いを毎夜見せつけられていた。
知り合いの娘があっけなくパンパンとなり、博打などにも手を出すようになる。その気になれば、そうした娘と性交渉に挑めたかもしれないが、当時彼は気が小さく、読書家であり、理想の恋人を夢想するのが関の山だった。
さすがに性知識だけは、豊富だったと述懐する。活発にエロ本や春画などを読み漁った。ヴァン・デ・ヴェルデの著書『完全なる結婚』も読んでいた。
初体験は、23の時。
ヘンテコな自尊心があり、赤線などには行かない。あくまで処女と「とっかえっこ」することを望んでいた。
だから自身の初体験は、遅かったと振り返る。初体験を先延ばしするような考えは、実に無駄なことで滑稽だと、川村氏はいう。童貞はとっとと捨てるべし――。
初体験はあっさりしていた。なんだ、こんなものかと。
ただし、こう述べる。《男が初体験すると気持が落着くだけではなく、生きるということに対して土性骨まで坐ってくるから面白い》。
土性骨と眼高手低
彼曰く「土性骨」。
これはなんとも塩辛い古風ないい回しである。かえって今では新鮮にきこえる。
これを「どしょうぼね」、「どしょっぽね」と読む――。いわゆる根性、ど根性の意である。川村氏は、男が初体験をすると、根性がすわる、ということを述べているのだった。
《のぞみどおりに、私は処女と最初の性体験をもった。私は文学青年、彼女も文学少女、はたからは二人ともすこし頭がおかしいように見られていたが、私たちは大まじめに話し合い、一夜、私の部屋で童貞と処女のとりかえっこをした》
この最初の「婚前性体験」が、教訓ともなった――と、彼は述べる。
翻って今の時代、童貞青年が多いともいう。ここのところは、現在の若者にも教訓となることがあるかもしれないから、あえて注意深く書いておくことにする。
眼高手低(がんこうしゅてい)。
川村氏が述べるこのことばを、学生男子が〈童貞を早く捨てたい〉、〈早くエッチしたい〉と妄想する時期から、やがて初体験を通過した時の心持ちに重ね合わせてみることができる。
すなわち「眼高手低」とは、理想ばかりが高く、実行がおぼつかないこと。又はやってみると案外上手くないこと。理想と現実とのギャップをいい表した四字熟語だ。
妄想していたのとは違い、実際の初体験は、なんだ、こんなものかと。事はうまく運ばないし、そんな大したものではない――と。
しかし、そのことこそが重要で、最初のセックスという苦い経験を過ぎれば、自身の中に自ずとニヒリズムが育まれる、と彼は述べる。《女は悲しみやはじらいの色を浮かべるが、男はすこしやつれ、ニヒルに横顔をかげらせている》――。
問題は、その先にある。
男はだんだん性体験を重ねていくと、その行為にゆっくり時間をかけるようになり、次第にふくよかな快楽を覚えていく。つまり、女性の違いがわかってくる。
結婚した女性とは別の女性とも性交渉が続いていた場合、問題が起こる。男はしゃあしゃあとして、知らぬ顔で関係を続けることができてしまうから。この点においても、《ニヒリズムが土性骨をすえる》。
男の優先順位は、セックスよりも、社会的存在として生きることにあるとする。自身の社会的活動に対し、どちらがより貢献するかを基準にして選択している。すなわち、妻の地位は安全・安泰だ。結婚したということが、何より社会的存在の大きな貢献、名誉に結びついているのだから。
夫婦間の問題
川村氏は、新聞の人生相談も担当していたという。
大きな問題となってくるのは、夫婦間のトラブルである。その原因の大半が、性的な不和にあるらしい。
例えば、ある30代の主婦の女性からの相談――。
熱烈な恋愛結婚をしたのに、夫婦の夜の営みは途切れがちで、数えれば月に1度程度。夫に訊ねると、「仕事で疲れているから」というあっさりとした返事。
それで半ば諦めていたところ、ある日、夫からこういわれた。
本当のことをいう。おまえはつまらない。妻としては愛情があることはわかる。でも、女として面白くない。どうしてもセックスをする気になれない。無理しないで寝たほうがトクだ。カンベンしてくれ。
そんなふうに意外なことをいわれ、その女性はショックのあまり、それ以来、夫にも子どもにもヒステリックになった。そして毎日、やりきれない気持ちで冴えない。もう何かしでかしてやりたいとも思ってくる。
どうすれば夫婦生活がうまくいくのか、川村先生、教えてください――。
ところが川村氏は、その女性の投書に、いっさい回答しなかったという。
もし回答するとして考えると、たいへんいい回しに骨を折るだろうから。
つまりはこういうこと。
亭主は、いろいろな女性を、外で賞味してしまったのだ。様々な食材の絡みを経験し、どの料理がどう美味いかということを、事細かに知ってしまった。だから、妻の肉体的な料理――が、ひどく不味いことに気づき、食欲いや性欲をすっかり失ってしまったのである。
これを率直に、当人に述べるのは如何ともしがたいし、解決するのもなかなか難しい。性愛の技術の問題である。川村氏はこう説明する。
《これは体位や訓練のきく運動神経などの問題ではなく、刻々の呼吸に合わせる微妙な高等技術なのであるから、武芸の極意のように、やはり教わるほうに一を聞いて十を知る天性の感受力がなくてはならない》
女性の婚前性体験はさらに悩ましい
夫が婚前に、あるいは結婚後においても豊富な性交渉をもつと、妻は厄介だ。食べ比べされてしまうのである。
ところがこのことは、なにも男性側の問題に限らない。これをそっくり反対にして、女性が豊富な性体験を積んでいた場合を考えると、もっと問題は深刻になるという。
夫にとって、というか男にとって、己が為す行為が全く相手に喜ばれないことの知ったショックは、計り知れない。その先、勃起不全とか性欲不全に陥るからだ。
かえってこのケースのほうが、悲哀は大きいのである。男にとってその結婚生活は、悲哀と恐怖と絶望でしかないのだから。
過度な経験はつつしむべきか
男にとって、「婚前性体験」とはいったい何か?
結論として、これには「個人差がある」と、川村氏は述べる。
彼もまた、自身の経験で、過去の女――吉原にいた女――を思い出すのだ。もと裁判所の書記かその手の職員をしていた女で、色白。「私の好きなタイプ」だった…。
彼女は、“ストラディバリウスのような名器”をもっていた、と述べる。偏愛し、しかも彼女は、悉く払った金を押し返してよこした…。
ところが彼女には、身なりのいい、銀髪の紳士といったひいきの旦那がいたのだ。川村氏はそれを知って、身悶えする焼け付くような悔しさを覚えたのだった。
そうはいっても、それと比べて妻の値打ちを割り引いて考えるようなことはしない――と、川村氏は断言する。
過去は過去。現在は現在。仮に今、眼の前にあの女が現れたとしても、キスさえしないであろうと。妻との離婚だとか、元裁判所書記の女と再婚する、なんてことは考えない。
《そもそも男はセックスのみに生きるものではない。まず第一に社会的存在として生き、社会的に活動することを本分とする。妻が性のベテランで、毎夜、劣等感にさいなまれるというようなことがないかぎり、まず男は根拠地を移動させるような面倒は避けるのである》
最近の男は堕落し、そういった本分を忘れて、マイホーム主義の箱庭に呈する者がいるという。女たちはそれを喜ぶだろうが、危険もあるとする。
男はいつしか箱庭生活に飽き、大爆発を起こして外へ飛び出すかもしれないと。
だがそうならずに、延々と良きパパのマイホーム主義を貫こうとする男の場合は、さらに危険だとする。すなわち、
「刺激のない夫に、妻のほうが飽きる」
のであった。女は本物の男を求めてしまうのだ。子を捨て、マイホームをあっさり出ていく――かもしれない。
読み終わり、私はため息をついた。この「婚前性体験」論を読み、深々とした気分で「面白い」――と声を漏らしたのだった。率直にいって実に機知的だとも思った。婚前の性体験が? 男と女のセックスがいかに複雑怪奇であるかが?
いや、本当にそうなのか?
それはともかくとして、この記事にどこかしらユーモラスな雰囲気が漂っていることを感じつつも、これって1960年代の『婦人公論』なのだということに、驚きを隠せない。
おおむね、当時多くの女性読者がこれを通読し、見えづらい男性観の奥底をたくわえていったのではないだろうか。
今の時代、そんな本の存在なんて、ありうるのか。ありきたりなイケメンだらけの、通り一遍の快楽のことしか書かれていないではないか。
とくに昭和期において、女性は男性に寄り添うもの、という通念的規定は、全般的な常識となっていて、それ以外の思考は偏見とされた。
いっぽうのフェミニズムの観点では、男性に寄り添うだけでは身を滅ぼしかねませんよという規定外の論を垣間見るようなこともあって、昭和期の『婦人公論』はタフである。ただでは起きないし、転ばない。
古いタイプの男衆は気が気でなかったはずだ。『婦人公論』という存在は。そうならぬよう時代の保守的な趨勢は、80年代から90年代において、いわば男性優位が絶頂期を迎える。
やがてこれは、とんでもないしっぺ返しを食らう時代へと突き進んでいくのであるが、フェミニンよりもさらに多様化規定への時代へと推移し、幾分か女性は、ほろ苦い思いをするのである。いったい私たちは、誰に愛され、誰を愛すべきなのだろうかと。
女性の仄かな期待感もある。それを考えると、あの頃既に、『婦人公論』の外縁には、その源泉が見え隠れして偏在していたのかもしれないと思った。